『 破裂 』
ボンド,ベトン・ボンド。
今週は,私たち生コンクリート製造に携わる者にとって衝撃的な事件の報道が駆け巡りました。
そうです。あのM社が起こした,“生コン版偽装事件”です。六会コンクリート
問題の偽装事件を要約すると以下のとおりです。
・ M社が,ある期間に打設したコンクリートにポップアウトが発生した。
・ ポップアウトが発生したコンクリートは,配合報告書には記載していない “ 溶融スラグ骨材 ” を使用していた。
・ 溶融スラグは,生コンJIS製品に使うことができない。
→ 生コンの日本工業規格 JIS A 5308 では,溶融スラグ骨材の使用を認めていない
・ 使用を認めていない骨材を使用したにもかかわらず,生コンJIS製品として出荷した。
→ 工業標準化法違反 経済産業省発表 (2008.7.8)
・ 7/4 登録認証機関がM社に立入検査実施
・ 7/8 登録認証機関がM社の新JIS認証取消 日本建築総合試験所発表 (2008.7.8)
・ 7/9 プレス発表
・建築基準法では,建物に使用する材料は,JIS製品でなければならない。
→ 該当コンクリートを使った建物は,建築基準法違反の可能性が高い 国土交通省発表 (2008.7.8)
→ コンクリート構造物の補償等検討
・7/10 経営者及び工場責任者,謝罪会見開催
TBS NEWS 2008.7.10
YOMIURI ONLINE 読売新聞 2008.7.11
どうやら,M社は “ 溶融スラグ ” を使用したために大変な事態を迎えているようです。
では,この溶融スラグとは一体どのようなものでしょうか?
溶融スラグは,一般ごみ等や,一般ごみを焼却した後の灰を高温処理して結晶化させたガラス状の物質です。
また,溶融スラグはリサイクル材料として,土木・建築分野では埋戻し材,インターロッキングブロック等のコンクリート二次製品では,細骨材の代替として利用されているようです。
溶解スラグQ&A
溶融スラグそのものは,2006年6月にJIS A 5031 「一般廃棄物,下水汚泥又はそれらの焼却灰を溶融固化したコンクリート用溶融スラグ骨材 」 という長い名称でJIS化されています。
一方,生コンの日本工業規格 JIS A 5308 「 レディーミクストコンクリート 」 では,使用できる骨材が,同書附属書1に規定されていますが,このなかに溶融スラグは含まれていません。
このため,溶融スラグを使用した生コンは,『JIS製品』ではなく『JIS外製品』となります。
一般に購入者は,生コンの『JIS製品』と『JIS外製品』の区別を,コンクリート納入書にJISマークがあるかないかで認識します。
JIS A 5308では,生コンが固まる前の状態(フレッシュ性状)に関する品質と生コンが硬化した後の状態(強度)に関する品質をそれぞれ規定しています。
ところが,生コンは半製品のため,正常に硬化することを前提にして,生コンをミキサ車に積込む際(練混ぜ時)に,納入書にJISマークを表示して出荷するシステムを採用しています。
なお,半製品をカバーするためか,生コンの納入に先立って,生コンに使用する材料に関する情報(種類,製造業者,各特性値等)と該当する生コンの配合(各材料の単位量)を記載した『配合報告書』を購入者に提示することが義務付けされています。
M社は,JIS外製品であるにも拘らず,納入書にJISマークを表示して出荷していた模様ですから 『 生コン版偽装事件 』 であると解釈できます。
JISマークの表示は,経済産業省が管轄し,かつ,工業標準化法で定めていますから,この偽装行為は工業標準化法違反となります。
さて,事態がややこしいのはもう一つ別の法律に触れるためです。
建築基準法第37条や平成12年5月31日付けの国土交通省告示では,“ 建築物の重要な部分に用いるコンクリートは,JIS A 5308に適合するもの,もしくは大臣認定品を使え ” としています。
つまり,M社の溶融スラグを使った生コンは,JIS外製品ですから,マンションの柱や梁に使用するためには,該当生コンで大臣認定を受けていなければなりません。
このため,M社の生コンで,造ったマンションは違法建築物件となります。
このように記述すると,工業標準化法及び建築基準法違反に係る事態の主因は,ポップアウトではなく,基準で使用を認めていない骨材を無断で(あるいは騙して)使用したことである事がわかります。
なお,本件について,国土交通省大臣は 『 これは,犯罪行為である 』 とコメントしています。
産経ニュース 2008.7.11
次に事態発覚のキッカケとなったポップアウトについて触れてみましょう。 ポップアウト現象
この現象は,生コンに膨張する性質を持つモノが混入し,コンクリートが硬化した後,この膨張物質が膨張し,その膨張圧によって,表面部分コンクリートが剥がれる現象です。
ポップアウトはまれに発生する現象です。大抵の場合,原因物質(膨張物質)は特定されますが,それが混入した経緯が特定できないことが多いという特徴があります。
プレス発表をうけたためか,M社に溶融スラグを供給した,R社は自社のHPで “ お知らせ ” としてメッセージを発信しています。 R社の説明 REFULEX リフレックス
メッセージでは,ポップアウトと溶融スラグの因果関係について,明確ではないとの見解を示しています。
ボンドは,これまでの人生で,かつてM社の従業員だった人と少しだけ縁があり, “ 巷のうわさ ” の類を耳にしています。
公式に発表された情報からの考察ではないことをお断りしたうえで,ポップアウトと溶融スラグの因果関係について述べたいと思います。
・ 膨張物質は何だったか?
ポップアウト片の分析結果,膨張物質は「生石灰」であり,何らかの原因で生コンに生石灰が混入したためと判明されたとの情報があります。
・ 生石灰とは?
生石灰は,化学式CaOで表されるが,自然界には存在せず,炭酸カルシウム(CaCO3)を焼くことにより得られる物質であるため,通常,生コン材料として使われません。
水を加えると激しく反応し,消石灰となります。
この反応は発熱反応であり,乾燥剤や清酒を温めるのに利用されています。
例えば,石灰砕石等は,類似の漢字が使用されているが,石灰石に含まれておらず,焼く等人工的に加工しない限り生石灰は得られません。
石灰石は,炭酸カルシウムを主成分とする骨材なのです。 酸化カルシウム
なお,例えばセメントの化学分析結果では,CaO量が記載されますが,これは,化合物として存在するカルシウムイオン量をCaO量として表記しているだけで,生石灰が含まれているわけでありません。
・ 生石灰混入ルート
生コン工場で,生石灰を使用することはありませんから,例えば生コンプラントミキサ室内等で故意に保存していません。
なお,生石灰製品を保管する場合,防火関係から管轄の消防署への届出が必要になります。
このため,使用材料のどれかに混入したと考えられます。
しかし,考える必要があるのは,セメント,細骨材,粗骨材のいずれかに混入したとすると,いずれかの材料を,M社と共通で使用している別の会社からも同様のポップアウトが発生しているはずです。
M社のコンクリートだけに発生したとすると,「他社と比較してM社だけが使用したあの材料に問題があるのでは?」 との思いに駆られます。
・ 溶融スラグを使用したコンクリートの研究
近年,溶融スラグをコンクリートに使用する研究は盛んに実施されていたようです。
その研究のなかに,下水汚泥から生成した溶融スラグを使用したコンクリートにポップアウトが発生した事例が報告されています。
しかも,生石灰起源のポップアウトであったことが報告されています。
溶融スラグ骨材を用いたコンクリート
・ 溶融スラグに生石灰は潜在するのか?
先の研究論文では,溶融スラグの製造方法が紹介されています。
多数の製造方法があるようですが,シャフト炉式(コークスヘッド方式)と呼ばれる溶融炉を使用する製法が最も普及しているようです。
この製法は,溶融スラグの原料となる一般ごみや一般ごみ焼却灰にコークスと石灰石を添加して炉に投入するのが特徴です。
そうです。石灰石(CaCO3)を焼いているのです。
このため,生成した生石灰(CaO)を内部に閉じ込めたまま溶融化したスラグが出来る可能性があるのではないでしょうか?
・ R社の溶融スラグはどうなのか?
再び,R社のHPを確認する必要があります。
HPの沿革によると,R社は環境管理・産廃処理を専門としてきた業者です。
R社は,汚染土壌の溶融スラグ化を環境浄化事業として取り組んでいます。
また,この事業は,Uリサイクルセンターにおいて,コークスヘッド式の溶融炉により運営しているようです。
R社のホームページ
以上が,ボンド個人の考察です。
現在,国土交通省が,M社の実態について過去10年位前の記録類を調査している模様です。
時間経過とともに,溶融スラグとポップアウトの因果関係も明確になると思います。
今週は,まるで約1ヶ月分の紙面を一気に使ったような長くなりましたが,まだまだ語りつくせていません。
M社が係る事態に至った事に関する考察は,来週あらためて行いたいと思います。
最後に,溶融スラグはM社が存在する神奈川県だけで汎用しているのでしょうか?
答えはノーです。
次のサイトにアクセスして検索してみてください。
汚泥製品検索
たくさん書きましたが,本当は,係る事態に意気消沈しています。
-ベトン・ボンド-